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スクールIEは、やる気スイッチグループの個別指導・学習塾です。

やる気スイッチグループ

やる気スイッチマガジン教えて!夢を叶えた先輩たちのやる気スイッチ。

合格の先にある"夢"を
叶えてほしい。

スクールIEでは、やる気スイッチを様々な角度から考える『やる気スイッチマガジン』を隔月で発行しています。注目は、さまざまな職業の方にインタビューするコーナー「仕事のスイッチ」。
お子さまは将来どんな仕事につきたいとお考えでしょうか。そのためには何の勉強が必要なのでしょうか。実際に夢を叶えた先輩たちの話は、将来の職業を意識するきっかけになります。合格の先にある"夢"を叶えるチカラになります。

"夢"は、やる気の原動力。
「苦手な英語を克服する」「次のテストで20点アップする」「志望校に合格する」、こうした近い将来の夢はとても大切なことですが、それ自体がゴールではありません。志望校に入学して何を学びたいのか、さらに卒業した後にどうなりたいのか、つまり将来どんな仕事をしたいのか。「自分の才能を発揮できる仕事について、自立して生きていくこと」が人間の目指すべきもっとも大切なゴールではないでしょうか。
『やる気スイッチマガジン』は、子どもたちが将来の目標を自分で決めて自ら行動する、そんなきっかけになることを願って生まれた情報誌。学習や受験に関するアドバイスはもちろん、お子さまの職業観を育むことも大切にしています。

『やる気スイッチマガジン』最新号 バックナンバー一覧

2018年 Winter Edition ‹vol.129›
仕事のスイッチ
やる気スイッチマガジン
北村伸哉Profile
救命救急センター長 北村伸哉

1983年千葉大学医学部へ入学。2000年に君津中央病院(千葉県)の救命救急センターへ入り、現在はセンター長(君津地域救急業務メディカルコントロール協議会会長)を務めている医学博士。2009年よりフライトドクターに。

夢を叶えた先輩たちのインタビュー 教えて先輩!

今の仕事を目指したきっかけは?

高校生のとき、水泳部に入っていたのですが、水泳部の先輩が医学部を志望していて、その影響を受けました。人との付き合いがあって、喜んでもらえる仕事をしたいと漠然と思い描いていたところに、先輩の姿が大きなきっかけになったと思います。ただ、ぼくが大学を卒業した1989年はまだフライトドクターという職業はありませんでした。日本でドクターヘリが導入されるようになったきっかけは1995年の阪神・淡路大震災。その後、2001年に最初のドクターヘリが運航を開始しました。君津中央病院でも導入したのが2009年ですから、フライトドクターを目指して医師になったわけではないんです。大学卒業後、医師としていつでもどんな患者さんでも診られたらいいなという思いから救急部門を選び、救急科専門医として患者さんと接していました。ドクターヘリを導入すると決まってからは、研修を受け、経験を積み、現在は月に4回程度、フライトドクターとして救命活動を行っています。

お仕事の内容を教えてください。

今は1週間に1回、フライトドクターの担当になります。担当になった日は、朝、フライトナースと医療機器をチェックし、ヘリの整備士やパイロットとブリーフィング(打ち合わせ)を行います。ドクターヘリの出動要請がくるまでは、救命救急センターのスタッフとして働いています。
出動要請がきたら、まず、CSという空港でいえば、管制塔みたいなところの担当者に無線連絡。目的地の天候とヘリの状態を確認します。飛行可能なら直ちにヘリポートへ走り、ヘリに乗りこみます。離陸までは4分。飛行中に無線で現地の救急隊員から詳しい状況を得て、現場でどのような処置をするかなどをフライトナースとシミュレーションします。現地までの飛行時間は平均12分くらいでしょうか。到着したら手早く診断し、必要な治療を施し、搬送の準備をします。症状に応じてどこの病院へ搬送するかという判断も必要なので、決断力と地理的感覚が備わっていることも重要ですね。

やりがいを感じたり大変だと思うことは?

医師というのは通常、患者さんが病院に来るのを待って診察します。それが叶わない、間に合わないから医師が患者さんのところまで出て行って処置をするというドクターヘリの導入は、大きな変化だったと思います。阪神・淡路大震災のときに、建物がくずれて下敷きになっている人たちがいるけれど、道路は使えない状況で、現場に行って処置できる医師もいない。そこでDMAT(ディーマット)という災害派遣医療チームが創られました。これが医師が病院の外へ出ていく病院前救急診療の始まりです。DMATは東日本大震災で大活躍し、ドクターヘリも彼らを乗せ、全国から東北に集まりました。病院の外は院内のように人材も機器も整っていません。しかも寒かったり暑かったり、狭かったり、暗かったり。どんな環境が待っているかわかりません。そんな中で現場で何ができるか即座に判断して患者さんを助けられたときはホッとしますね。
ヘリで患者さんのところまで飛んで行かなければ大変なことになっていたなというケースが多いので、そういうところがやりがいです。一方、大変だと思うのは人の命にかかわっている限り、いろいろな場面に遭遇するということです。また、1日に多いときは6~7回フライトすることもあるので、精神力はもちろんですが、体力づくりも常に意識しています。

読者へのメッセージをお願いします。

「やりたいことがあればあきらめないこと、そして始めたらやめないこと」ですね。これは出身大学の外科の大先輩が残した言葉なのですが、やはりあきらめたら終わりですから。あきらめないで何とか実現しようとがんばる、自分の決めた目標を達成するまでやめないことが大事だと思います。フライトドクターに憧れているけれど、現場で即座に判断できるのか、とっさに体が動くのか、そんなことが私にできるのだろうかと思う人がいるかもしれません。そのような部分は訓練で養えるので大丈夫です。むしろ、チームの構成員としてパイロット、整備士、ナースと協調できる人間性が大事です。まずは、なりたいと憧れたなら、その道を目指して努力することが大切だと思いますので、がんばってください。

フライトドクターが所属する「救命救急センター」ってどんなところ?

昼夜・休日を問わず、多発外傷や中毒、心肺停止、脳卒中や心筋梗塞など重症病態を中心に救急車で運ばれた患者さんの対応をするところ。そこで働く救急科専門医は様々な症状の患者さんに接するためにドクターとして幅広い知識や経験を必要とする。君津中央病院の場合はフライトドクターが5名なので、1ヵ月のうち20日間は彼らが担当。残りの10日間は近隣病院の救急科専門医の応援を得ている。

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